参議院議員 牧山ひろえ氏と山田が面談しました

参議院議員 牧山ひろえ先生(民主党、神奈川選挙区)が、私たち暴発阻止行動プロジェクトを積極的に応援し、政府、国会、関係省庁、業界、各種団体のさまざまな方々へ働きかけ、多くの集会で広めてくださっています。

「原発事故対策インタビュー 参議院議員 牧山ひろえ」

http://www.youtube.com/watch?v=NfYC9jEb4Zo

以下、文字に起こしたものもご覧いただけます。
(文字おこし:岡田潔氏)

原発事故対策インタビュー 参議院議員 牧山ひろえ
高齢技術者が原発暴発阻止活動に手を上げる!

山田)福島の原発事故が起こって、直ぐに我々技術屋がいろいろ議論しておりました。どうしても必要なことというのは あの過酷な環境の中ででも 10年間続けて安定して動く設備を作らないといいけないということです。その水で冷やす設備がきちんとできなければなにが起こるか分らない、というのがこの原発の非常に恐いところです。ところがその場所で作業をするとしたら、いくら安全な対策を取ったとしてもやはりなんらかの被曝をすることは避けられいから、少しずつ大勢の人が交代で作業をするということになるわけです。若い人と年を取った人を比べると年を取った人の方が放射能に対して感受性がずっと低いのです。私自身は72歳なのですが我々年を取ったものが しかも それなり一定の経験を持ったものが現場に行って仕事をするということが一番理屈に適ってるということだという風に我々は考えたわけです。
6週間ぐらいの間に「俺が動いてもいい」という人が、126人それを応援しましょうあるいは後方支援をしましょうという方が560人ぐらい、名もない個人の呼びかけに対してこれだけ大勢の方が関心を持ち、自ら働きたいと言っています。
このプロジェクトは私が部隊を率いて現場に行って何かをするという話ではありません。この仕事は10年に渡って安定的に動かす設備を建設し、これを保守しながら運転するという仕事ですから、個人の手を離れて、ある意味では東電さんの手も離れて国家のプロジェクトとして活動するものに仕上げて行かないと本物にはなりません。できちっと人を集め、放射能被曝の管理もし健康管理もし、仕事の中身もきちっとすると国のプロジェクトとして、国の機構をきっちり使いながら継続的に運営してゆくとを是非やって頂きたいということで牧山先生にご相談に上がった次第です。

(60歳以上の方々が実際に現場に入れるのでしょうか?)
牧山先生)また設備に実際に現場に行って現場で仕事をしてそれで10年ぐらいに亘って冷やし続けるということですね。それで10年経ったらどうなるのでしょうか
山田)10年経つと原子炉の中でできた放射性物質がほとんど崩壊し終わってもう冷やさなくても大丈夫になります。そうなった状態で、今度これを解体して安全な所に埋めるなり管理保管するなりという事をします。これを廃炉という処分する、という仕事になります。これは すでに技術的にもかなり開発されておりますから、企業の方がある意味じゃビジネスとしてやって頂けるということになるので、私どもが出る場所は無くなります。

(手を上げてくださっている方々は技術者や経験者ですか?)
山田)基本的に、技能者あるいは職人さんと、私の様に手は必ずしも充分では無いかもしれないけどそれなりに分っている技術屋が8割以上です。後は、あまり技術も技能も無い方もいらっしゃいますが、そういう方には現場で例えば記録を取って頂くとか写真を撮るとか測定をするとか、現場作業に付随する補助的な作業をやって頂くということで、入って頂いております。

(高齢者の方々もお身体を害さないでしょうか?)
山田)少なくとも 放射能に対しての感受性というのは、年齢が高ければ高いほど低いという事は分っております。この点については、専門の医学博士と相談して、どの位どういう風に低いのかということを、はっきりしたデータとして出して頂くということを考えております。それ以外に、暑いとか湿度が高いとかそういう悪い環境に対しての体力は、やっぱり年寄りは低いというのもおりますからバランスを考える必要があります。暑いとか湿度が高いとかいう環境の問題は、一時的な問題ですが、放射能の影響は、癌の発病のや子孫への影響という問題がありますから若い人は極力避けた方がいいというのが、私達が考えているところです。
今の法律では、年を取ったから被曝量を多くしてもいい、という規定にはなっておりません。だけどこの点は、できればその辺の高齢者は感受性が鈍いということを、考慮した法律の改定をして頂きたいなと思います。ただ、同じ被曝量の制限の中であっても若い人は被曝しない方がいいし、同じ100ミリシーベルト浴びるのであれば、年を取った人が100ミリシーベルト浴びた方が、若い人が同じ100ミリ浴びるよりははるかに、影響が少ないというのは分っていることですから、法律がどうあろうと先ずは、年を取った人が動くべきだというのが私どもが提案していることです。
効率ということになるとちょっと難しいことになるのですが、機械を据えつけるとか現場を修理するとかいう仕事は、短い時間行ってすぐ帰ってくるのでは、ちゃんとした仕事はできない。例えば配管一本繋ぐにしても、10分で帰ってきて6本8本のボルトを均一に締めるなんてことは、できないわけです。ですから、何時間か仕事を続けてやるということがどうしても必要になります。そういう仕事がいっぱい現場にはあるわけです。一箇所でしっかりと仕事をし続けないといけないと、そういうことが我々がやるべき仕事です。もちろん短い時間で力仕事でバッとやっちゃわなければならない仕事もございますから、それを僕らがやろうというわけでは決してないわけで、若い人にやってもらった方がいいこともあるわけです。しかし年寄りがやった方がいい仕事も必ずあるという風に考えています。

(チェルノブイリの後はどのような状況だったのでしょうか?)
山田)これは、当時ソ連の時代ですから公表されていることは非常に少ないと聞いております。ただソ連の場合には、命懸けの仕事をした、という噂も聞いておりますね。最初の所で、でその後石棺を造るのに、あるいはそのメインテナンスをするのに、何万人とか何十万人とかいう人が働いた、という情報もあります。どれが本当か良く分りませんが、日本の場今度の場合でも、誰も正確な計算をしたことはございませんが、何千人というオーダーの人が働かないと多分被曝量の制限の中でやれないだろうと私は想像してます。
どんなプラントでもそうですが、設備を作るという時には機械で装置を据えつけるいうことだけで済むことはまず無くて、最後の最後はどうしても人手が現場に行って、それこそ可愛がって撫でながら、ネジを締めるということをやらないと設備ができない、ということが 我々長年現場で仕事をしてきたものの体験です。それから見ると、この事故の後というのは装置がどのように破損しているかということを、調べることから始まって、最後に、きちっとした据付をするということまで、どうしても人手が入らなければなんない仕事が山ほどあるります。これを誰がやるかと言ったらやはり放射能に対しての感受性が低い、しかもそれなりの知識経験を持った人間がやるのが一番効率的であり、理屈に適ってるということだという話が、技術屋仲間の中ではかなり自然発生的とか自然の流れとして、結論になったのです。
牧山先生)それで呼びかけられたら、反応がたくさんの方々からあったのですね。
山田)ちょっと私が想像する以上の方からありました。私は大学出の技術屋でございますから、呼びかけた対象は圧倒的にそういう技術屋仲間とそれからそれ以外の我々の仲間が多かったんですが、今実際応募して下さってる方は、もう半分以上は大学なんて関係なくて、現場でずっと叩き上げた職人さんが大勢おられます。だから 鳶の方もおられるし、大工の方もおられるし配管工事をやってきた方もおられるし、溶接なら任せろという人もおられるし、クレーンは俺が運転してやるとおっしゃる方もおられるし、とてもいわゆる技術屋にはできない仕事をやってくださる方々が、大勢集まってこられてます。

牧山先生)ありがとうございました