雑誌『原子力文化』6月号で福島原発行動隊が取り上げられました

 

日本原子力文化振興財団が発行している月刊誌『原子力文化』6月号(Vol.43, No.6)に、哲学者の山折哲雄氏と作家の玄侑宗久氏の対談が掲載されています。この対談の中で福島原発行動隊が取り上げられています。

 

山折 実は、あるNPO法人に関わっていまして、去年から今年にかけて岩手、宮城、福島でそれぞれ支援のためのシンポジウムをいたしました。

岩手県では遠野、宮城県では仙台、福島では会津で赤坂憲雄さんが館長をしている博物館でやりました。

そのときに福島原発行動隊と言う団体の代表の方に報告をしていたたいたのですが、実は昨年その福島原発行動隊が立ち上がって、私にちょっと接触を求めてこられて、その趣旨に賛同して、私も外周部から支援をしている一人です。

玄侑 はい、ありがとうございます。

山折 その福島原発行動隊と言うのは、これから原子力発言の廃炉に向けてのさまざまな、命を賭けた、しかも専門的な技術、知識を必要とする人々の支援体制が必要になる、だからそのための仕事をしようじゃないかと、それで立ち上げたものです。かつて原子力発電所建設のような仕事に携わった技術者や技能者で、しかも60代以上のシニアたちが集まって組織したものです。

それは若い世代の被ばくをできるだけ抑えようとする献身的な意図もある。「我々シニアにとっては、20年経ってその影響が及んだとしても我々の寿命と同じだから、そういう運動を起こそうではないか」と、そのことに私は共感したのです。

しかも、この運動隊は、反原発、原発推進、脱原発、その立場のいかんを問わず、また、思想・信条のいかんを問わずやろうではないかと呼びかけている。今日の福島第一原子力発言所をどう冷却し、保守・管理していくか、そのためのプラグマティックな仕事である、そう宣言しています。

1月には『福島原発行動隊』という論集も出しています。私は頼まれてそれに文章を寄せました。

玄侑 実際に反原発と原発推進の人々と両方かんでいるのですか。

山折 両方です。参議院議員でこの運動をサポートする人が何人かいて、今、定期的に研究集会、報告会をやっています。

現在は、国と東電が原子炉内部に入って仕事をすることを許していないらしいです。今の状況ではそれはそうでしょう。

では、何から始めるか。それは今、政治折衝をしているようですが、今のところは除染と放射線量をいろいろ測って調査する、そういう仕事の段階のようです。

玄侑 原子力について反対派と推進派とが、同じテーブルを囲めているのであれば、それこそ将来性を一番感じますね。

反原発の人には代替エネルギーを考える義務があるでしょうし、原発推進ならば、この除染をどうするのか考える義務があるでしょうから、そこから融合していくべきだと思います。

山折 そうですね。主たる技能者、技術者はまだ1000名をちょっと超えるくらいだろうと思いますが、資金的な支援から始まって、外部に向けて支援する輪を広げていこう、という運動です。

そのときの講演で驚いたのですが、もし許可されて原子炉の中に入るという段階になったとき、これは本当に命を賭ける仕事になるので、そのとき誰が入るかという問題、どう選ぶか、そのことまで今、彼らは議論しています。

今日の日本をどうするか、福島のこの悲劇をどうするか、という問題を真剣に考えている運動隊があるにもかかわらず、これを、マスコミがほとんど報道しない。それも不思議ですね。