ニッポン放送 「ニュースへそまがり」に山田が電話出演しました

2011年6月22日、 ニッポン放送 「ニュースへそまがり」

文字おこし:池崎中彦

上柳  ニッポン放送ごごばんスコープ、ニュースへそまがりの時間です。今日は福島原発暴発阻止行動プロジェクトとは一体何なのか、というお話です。今朝の朝刊では、高濃度の放射線汚染水の浄化システムがアメリカ製もフランス製も、どんどん壊れちゃって、いろんな人たちが入って無理やり合わせる感じもあるんですね。あまりにも濃度が濃かったり、油があったり海水が含まれたりということで、アレバ社などもそういうものを除去するノウハウは初めてなので、ちゃんとしたものがなく、えらいことになっています。汚染水を貯めているタンクも溢れそうで、そんな中、作業する方の数が圧倒的に足りない。毎日いろんな問題が起きている。課題が山積みの福島第一原発事故の処理作業、しかもこの暑さです。
今、ひとつのプロジェクトチームが注目を集めています。福島原発暴発阻止行動プロジェクト。江戸川区にお住まいの山田恭暉さんの呼びかけでスタートしたプロジェクトです。山田さんは現在72歳で、私達の先輩世代の方です。東京大学工学部を卒業されて元住友金属工業のエリートエンジニアでありました。プラント建設などに携わっていたそうです。そして学生時代はちょうど60年安保闘争、その元リーダーでもあります。この山田さんが呼びかけていらっしゃるのは、シニア世代が福島に行って原発事故の処理作業をやろうじゃないか、手伝おうよ、ということで、原則として60歳以上の方、現場作業に耐える体力、経験を持っていること、そしてボランティアによる活動であること、これが福島原発暴発阻止行動プロジェクトです。誰が呼んだかシニア決死隊という名前もあるそうですが、呼びかけ人の山田恭暉さんに、お電話が繋がっています。山田さん、こんちわ、よろしくお願いします。
山田  こんにちわ、よろしくお願いします。
上柳  この呼びかけは、いつ頃から、どんな思いでスタートされたのですか?
山田  最初に呼びかけたのは4月の6日から8日頃です。地震と原発の事故が起こってすぐの時から仲間達でいろいろ議論をして、状態がどうかという話をしているうちに、この汚染された環境で仕事をするのは年寄りが一番いいよね、ということが自然に出てきて、それなら仲間達に呼びかけてみるか、というふうな話が出て、だんだん膨れ上がってきたわけです。
上柳  年寄りなら、ということは、放射能のかなりレベルの高い所でも体の影響が……
山田  これはもう、否応なしに今話題になって、皆さん大変困ってますが……年を取れば影響は少ないし、たとえ影響が出ても、癌が出るまでの間に寿命がもつかどうか、ということもあるし、もっと大事なことは子供を今さら生むことはない、次世代に影響は残らない、ということだけでも、年寄りが一番優先されるべきだというふうに考えたわけです
上柳  呼びかけに応募された方が沢山いらっしゃったんですね?
山田  今は、もう380人を超えています。
上柳  いやあ、すごいなあ。全ての方が山田さんのように専門的な技術、知識、経験を持っている方々なのですが?
山田  いや、必ずしもそうではなくて、この作業にはありとあらゆる仕事が現場であるわけですから。それこそスコップで瓦礫をすくう仕事も当然あるわけだし、現場で記録をとるという仕事もあるでしょうし、いろいろな方が必要です。出番がどれだけあるかとうのはともかくとして、さまざまな方に参加して頂いています。もちろんクレーンを運転できるとか、ブルドーザを運転できるとか、あるいは、とび職とか、そういう技能を持った方々は沢山必要ですけれど、それ以外にもやることは沢山ありますね。
上柳  応募するという、その心意気を見せてくれた方に、一人一人お礼を申し上げたいですね。山田さんが書かれたプロジェクト結成に向けての文章が今、手元にあるのですが、そのまま読みますね。「最終的に汚染された環境化での設備建設、保守運転の為には数千人の訓練された有能な作業者を用意することが必要です。現在のような下請け、孫受けによる場当たり的な作業員集めで数分間の仕事をして戻ってくる、という事で出来る仕事ではありません」と、お書きになっています。これは本当に、ずっと僕等が、どうなんだろうと思っていたことなんですけど、これはいかがなんですか?
山田  現場を知っている人間は誰でもこういうことは考えたと思いますね。私だけが特別に考えたことではなくて、皆さん、現場で作業したことがある方には当然のことだと思います。
上柳  実際に福島の原発の建設に関わった経験のある60歳以上の方も応募してらっしゃるそうですね?
山田  何人もいらっしゃいますね。いろんな形で経験されている方がおられます。全員とお会いしたわけではありませんが、配管をやったという方も、電気の系統をいじったという方も、建屋を作ったという方もいらっしゃいますし、さまざまな現場の経験をお持ちの方がいらっしゃいます。あるいは保全で現地に何度も出入りした、という方もいらっしゃいます。
上柳  いろんな思いがありますよね。俺が作った責任がある、という方もいらっしゃるでしょうね。
山田  そうおっしゃっている方もおられます。私自身は幸か不幸か、原発の仕事には直接には関わらなかったので、そういう方の思いとは違いますが。それぞれ皆さん違った思いで取り組んでいらっしゃると思います。
上柳  この400人に近づこうかという、本当に心意気を感じてしまう方々にたいして、国や東京電力はどうなんですか? どうぞ来て下さいという状況になっているのですか?
山田  今、具体的に現場に入る手続きをしている最中ですが、近々5人の先発の調査団というか視察団を私どものほうから出します。現場でいろいろ見せて頂き、現場の責任者である所長ともお話をしながら、具体的な仕事をどうするか、ということを決めていくことになっております
上柳  なんか変な組織の壁とか、システム上のことで、そういうことには今はなってないんですか?
山田  当然、今までとは違う形ですから、大変ご苦労なさっていると思います。東電さんも、政府の方々も。しかしながら、こういうことが必要だということで、いろいろな壁を乗り越えて努力して下さっていると思います。私のような自由な立場の人間とは違いますから、皆さん大変な壁を乗り越えていると思います。
上柳  山田さんは60年安保の時に学生運動をされていた。あの時に、あれで世の中はなかなか変わらなかった。
山田  そうですね。
上柳  僕達の世代というのはその後、遅れてきた世代で、やっぱりアレはなんだったんだ、あの人たちは何だったんだと、いつも考えていたんですけど、ここにきて、やっぱり立ち上がらなかったら、今立ち上がらなかったら、いつ立ち上がるんだ、っていう感じですかね。
山田  そういう意識も、一つの思い方でしょう。それぞれの所で、それぞれがいろんな場所や場面に直面するわけですから、そこで、それに真っすぐ向かっていくことを、どれだけ続けられるか、ということではないでしょうか。
上柳  本当に頭が下がる思いでございます。これから作業となると本当に暑い中になると思いますので、お体に気をつけて。
山田  ありがとうございます。