Live Wire [22] 11.7.9(土) 大久保OneBeat|自由すぎる報道協会 Vol.2 山田恭暉
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【Live Wire#22】20110709 自由すぎる報道協会#2「福島原発暴走阻止行動隊」山田恭暉(リーダー)
西本武彦さんがアップロードされている動画を見つけ、情報を寄せて下さいました。
以下、文字おこししたものです。
(文字おこし:木村将)
Live Wire 7月9日(土)午後7:30大久保One Beat
山田代表のプロフィール紹介
1939年3月4日 東京にて生を受ける。
3歳頃ソウルへ、約2年半ソウルで暮らす。
1945年に引き揚げて来て、その後、大学まで東京。
大学は東京大学冶金学科(ストレート合格)
小学校5年の時、湯川博士のノーベル賞受賞を切っ掛けに、俺もノーベル賞取るぞと一代奮起、理科少年なった。
以来、理科・数学と称するものは高校まで満点以外取ったことは無かったが、大学に入ってみたら数学が全然分からなくて、こりゃダメだと思い、仕方なく工学部へ鞍替えした。
専攻は冶金(やきん)で、今でいうと金属工学、精錬したり、叩いて性質を良くしたり、そういうことを勉強するというか…勉強するべきである。←突っ込み「勉強してなかったんですね」(笑)
在学中、社会主義学生同盟副委員長をやられていたとのこと。(この日は、当時の社会主義学生同盟の委員長、篠原氏もご友人と言うことで同席しておられました。)
Q:例えばプラントを作る時に、ここはこういう材質でということがご専門なのでしょうか?
A:私の実際やって来たところは鋼を溶かして作るところです。原子炉の反応容器の本体の鋼は日本製鋼所が作っていますが、私はもっぱらボイラーチューブや石油井の掘削パイプなどの材料でした。
Q:原発自体の製造とか、そういったことは山田さんご自身はやられてはいないと?
A:勉強はしましたが、手を出したことはありません。ボイラーの材料は幾らでも造りましたけれど原子炉については材料も含めて造っていない。
Q:住友金属工業をほぼ28年お勤めになられて退職するわけですが、その後プリントショットフランチャイズ・・・起業されたのですが?
A:違います。最初はアメリカのフランチャイズが日本に来るんで、アメリカ側の代理人としてやりました。日本側のパートナーはキヤノン販売で合弁会社を作りました。それが失敗して、キャノン販売が引いたんで、しょうが無いから自分で会社を興して、また金使ってすってんてんになってしまった。
Q:その後コンサルタント業?
A:その後は、しょうが無いから独りでパソコン使って、データベース作ったり、大企業で培った経験を生かして小さな会社の業務改善やったりという風なこととで…。
Q:篠原氏(元社会主義学生同盟委員長)との再会とNGOに携わる切っ掛けは?
A:仕事を辞めた後、NGOをやっていた篠原氏から突然電話が掛かってきて、「来週から中東に行けと!」
Q:因みにどんな内容なのでしょうか?
A:(篠原氏):レバノンのヒズボラをイスラエルが空爆をしまして、多くの人が被災しているので、これは日本のNGOとして支援に行こうということで、まず、調査に行ったわけですが、あの時は海も陸もイスラエルが封鎖していたので、キプロスから国連の船で唯一我々だけが入るのが許されて、それで山田さんと二人でレバノンに入って、レバノンの被災地の人達への支援をする為の調査を行ったのが山田氏との深い親交の始まり。
Q:何故山田氏に白羽の矢を立てたのですか?
A:(篠原氏):その前から付き合いも復活していたし…、彼は語学も達者だし、頑固一徹というか、そういうところがNGOには必要なんです。人に命令されて動くというんじゃなくて、自分から飛び込んでいくという気概が必要なんです。
Q:語学も堪能という事ですけれども、住友金属にお勤めの時から海外との遣り取りというのはされていたんですか?
A:住友金属のプラントを、あるいはプラントに係わる技術を海外に売るという仕事をやっていたので、世界中飛び回って英語で喧嘩をしたり、ということをやってました。
Q:レバノンはその時に行ったことはあるのですか?
A:現役中はあっちこっちの国に行きましたが、レバノン、キプロスは、篠原さんとが初めてです。
Q:来週行ってくれと言われて、なんで行くことになったのですか?
A:丁度仕事を全部きれいに辞めた直ぐ後だったこともあり、篠原氏の言うことに逆らうと大変ですから(冗談)、付き合ってくれなくなる(笑)。
Q:そのNGOの仕事は?
A:その仕事は残念ながら金が付かなかなくて出来なかった。
A:その後、篠原氏とは関係ないのですけれど、同じNGOでアフガニスタンの電話が無い所で、医療機関に無線の通信設備を造るというプロジェクトを任されました。それが2年間ぐらいでしょうか。
Q:先ほど無線の話が出ましたけれど、篠原さんが無線に詳しいとかそういうことは?
A:篠原さんが面倒みているNGOがNTTの資金で動いている団体で、通信の世界を中心テーマにしています。その中にアマチュア無線やっている人が沢山居ます。私は通信を知りませんけど、仕事をオーガナイズするということをやりました。プラントエンジニアリングという世界は、プロジェクトをマネージするという技術が必要です。それを生かしてNGOのお手伝いをしました。それなりに価値はあったと思っています。
Q:近隣のボランティアについて
A:私は江戸川区に住んでいるのですが、新宿区ほどでは無いですが、外国の方が非常に多いんですね。そいう方々に週一回日本語を教えている。それから、北の丸公園にある科学技術館で休みの日に子供達にお遊びで工作を教えている、ということをやっています。
Q:超小型水力発電について
A:篠原さんと共通の友達が群馬県に持っている別荘の側に丁度適当な水流があって、それで発電しようということになりました。しょうが無いから一年くらい一所懸命勉強して、なんとか造りあげました。
Q:え!?造り上げた? 自分達だけで?1年で超小型水力発電造り上げたんですか?
A:取水するところから、水の配管を引いて、小屋造って、その中の発電機に水を持ち込んで、発電された電力をコントロールする制御回路などなどが一連の仕事であって、これも一貫プラントですから、技術的に見ると、土木・建設・水利学とかの世界があって、更に電気があって、制御など、そういうものが全部ある。そういう一連の仕事をプラントと同じように纏めるということが必要になってくる。
これも実際やってみたら技術全体をカバーした技術文書がないということが分かって、我々が「完成図書」と称して60頁くらいなるんでしょうか、そんな厚い技術文書を創り上げて、その文書で現地の若い人を教育して、2号機を造る。そういうことを遣って、それは結構上手くいっている。
そんな大規模な川の流れでなくても普通の川の流れで発電をする、超小型の水力発電、たかだが400ワット程度の出力(一般家庭でだいたい500ワット)の発電設備です。1キロワットは直ぐ造れる。しかしそれを安定的に運転するというのは技術的には相当広い範囲の知識がないと出来ない。
これを大きな会社に発注すると、機械が200万円で技術料が600万円という、そういう仕事になっちゃうので、採算が取れない。
Q:自分達で造ると200万円で済む。
A:何をもって元が取れるかというと、今の工業的発電が10円足らずで出来るということであれば、採算がとれないでしょうけど、これから、もっともっと高くなるでしょうし、そうなると、様子が変わってくるでしょう。
それから、山の奥の方までズーッと配線を引っ張っていくという、そのコストを全部考えたら安く使えているということになるかも知れない。そういう事を考えると個別の場所によっては充分採算に乗るということもありうるのではないか。
Q:どれぐらいの川
A:小さな澤ですよ。幅1メートルくらいなもんです。一秒間に4~5Lの水ですから、家庭でいえば洗い桶からジャッと水をひっくり返した位の水量ですよ。
私の特技と言えるのかも知れないのは、色んな人が色んな技術を持っていらっしゃる、それを纏めて一つの物に仕上げるという点では、人に負けないという自負を持っている。
Q:福島原発行動隊のプロジェクトを立ち上げられたのは4月ですよね、
A:急に立ち上げたのではなくて、3月11日から、もうその日から議論をし始めて、友達と電話でやったり、人が来たり、ということでずーっと議論し続けたのです。
突然降って沸いた話ではない。
Q:事故があったときから何か遣らなくてはいけないなーという思いはあったのか?
A:昔の工学部出身の仲間が何人も居ますから、その1人で私と同じ学科を出た男が居まして、彼との議論の中で段々煮詰まっていったのです。
Q:最初に声を掛けたのは20人とか30人くらいなもんでしょうか?
A:極々顔の見える近い人達に声を掛けて、色々議論して、前向きの反応だったり、「お前はバカかみたいな」「もうしょうもない事やるなよ」という人も居たりして、色々あったので、ま、これは面白いということで、3月の末ぐらいに、もう少し広い人達に声を掛けよう。ということで、色々相談をしたとうことがあります。その辺りで篠原さんなんかにも声を掛けたわけです。
Q:声を掛ける時に、ま、最初は山田さんが知っていらっしゃる方、身近なところにお声を掛けて、7月6日現在で行動隊430人、賛同者・応援者1363人と、グッと広がったわけですけど、この広げ方というのをチョット?
A:最初に声を掛けたのは数10人ですが、その後、4月6日~8日に掛けて2500人に手紙とメールを送っています。その2500人というのは、60年安保からずーっと引き継いだ名簿が千何百人、全国の当時の仲間達、その周り居た人達…、色々あって、北海道から沖縄まで広い範囲が千何百人、
更に、6年ほど前に9条改憲阻止の会というのを立ち上げたんですが、そのところでまた、何百人か。あと、昨年は60年安保の50周年なので、篠原さん達と60年安保の会という会を立ち上げて色んな行事を遣ったのですが、そこで新しく、その行事に参加してくれた人達が700人くらい。それらを合わせて2500人の名簿が丁度私の手元にありました。その人たちに呼びかけた、というのが最初です。
で、その辺りから積極的な反応が生まれて来ました。
直ぐに言われたのが「とにかくホームページを立ち上げろ」ということ言われて、ハイハイって言って一週間くらいでホームページを立ち上げた。
ホームページ立ち上げたら、「ツイッターやれよ」と言われ、「ツイッターってなんだよ!」って事で、慌てて勉強して、ま何とかツイッターで声を掛けたら、それが凄まじく広がって、今私をフォローしてくれている人は4200人超えていると思います。
そんな風な事で、そういう中でメディアの方に取り上げられて、
今私の手の届かないところまで広がった。
Q:メディアは、最初、「週間金曜」「スポーツ報知」に取り上げられて、
A:USTREAMの岩上さんは、Twitterで誰かが岩上さんに「インタビューして下さい。」ということを書き込んでくれたことが切っ掛け。それまでUSTREAMなんというものは知りませんでした。インターネットを遣るようになって、こういうライブのインターネット中継もあると知るようになった。
Q:実際に、行動隊に加入している割合といのは、手紙を送った人の方が多いのか、それともインターネットなどのウェブサイトを見て応募した人の方が多いのか?
A:私が直接呼びかけたのは、もう全体の中のほんの一握りになっていますね。100人くらいだと思います。後の300人以上の方はインターネットなどや、新聞の報道を見たり、週刊誌に書かれているのを見たり…。特に最近は、地方紙でも取り上げてくれるようになって、インターネット等に無縁な方も増えて来ています。
Q:基本的に、行動隊になるかたというのは60歳以上なのでしょうか?
A:一応、60歳以上ということにしていますが、実際には若い方も登録しています。40代の方もおられます。60歳というのは、あくまで象徴的な意味であって、
ボランティアで且つ60代というと丁度仕事も離れている方も多いし、というようなことで、60代としたまでです。医学的には、もうちょっと低い年齢でも放射能による影響は低いという話はお医者さんから伺っています。
Q:なぜ、最初に60歳以上としたのか、初めて聞く方にもわかるように説明してください。
A:この仕事は放射能で汚染されている地域や場所での作業が前提になりますから、いくら防護したとしても放射能を浴びることになる。その時に被曝した影響は年齢によって異なる。同じ遺伝子が損傷したとしても、細胞分裂が遅ければ被害が少ない。同じ細胞分裂でも、高齢者は癌が出る前に天命を全うするという可能性が高い。
それから、子供を作る可能性は、残念乍らもう無いでしょうから、次の世代に影響を残すことは全く心配しなくていい(放射能被曝に遺伝的は無いという説もあるが、一応念のため)。この三点から歳を取った人の方がいい。
Q:自衛官に行かせればいいじゃないかという意見もあるが?
A:今でもそういう事をおっしゃる人が居るが、若い自衛官に行かせるより、年寄りが行けばいい。これに答えて退役自衛官からも可成り応募があります。
Q:60歳以上の高齢者だと、実際に作業している方達の足手纏いになるのでは、60歳以上の方達の作業は作業として、どういう物を考えておられるのか?
A:現場の作業というのは多岐に渡るわけです。冷却のポンプを設置する事だけを考えても、穴を掘ることから、コンクリートを打つこと、ボルトを締めること、配管、溶接等々あるわけですね。
全ての仕事を年寄りが遣るというのは無理な話で、年寄りにでも(個人差もある)出来る仕事はあるだろうというように考えている。
ただ、何れにしても非常に暑い環境になってきていますし、防護服を着ると汗が逃げないから可成り熱中症の危険もあり、というようなこともあって、なまじ簡単ではないとは思っています。
何れにせよ、出来るところを少しでも我々が請け負うということが本質なんであって、「年配者が全部やるぞ!」という事ではない。
Q:東京電力は受け入れてくれないだろうということは、これは最初から予想されていたですか?
A:最初にやったことは、呼びかけを送ると同時に、議員会館の中を廊下とんびをやって、議員さんの部屋のドアノックして歩いた。
Q:反応というのは、どうだったのでしょう?
A:初めて行ってドアノックして、議員さんが会ってくれることは絶対ないですね。秘書の方が会ってくれるのも、これも滅多に無いことで、「あ、ご提案ですか、はい分かりました。で、手紙を受け取ってお仕舞い。ということで、惨めな思いをしながら始まった。
Q:それが最終的には細野補佐官に会うまでのいきさつを教えて下さい。
A:色んな方が色んな所の色々な形で応援をして下すって、チョットここでは申しあげられないのですけれど、色々なチャネルがあって、色んな所から色んな働き掛けがあった。
その中でも一つ大きかったのは、NGO関係の方が横浜、神奈川県の出身で、牧山ひろえ議員に声を掛けて呉れて、牧山先生の所へ行ったわけです。先生にお会いして早速、全面的に応援してくれることになって、翌日からでも院内集会を開こうと言ってくれた。
実際に5月24・25・26日と3日間続けて院内集会をやることになった。一週間足らずの呼びかけにも拘わらず、3日間とも70~80人も集まってくれ、私もビックリしたし、牧山先生もビックリしておられた。
Q:院内集会について?
A:私が話をするのではなく、来て戴いた方から意見を頂き、それに対してみんなで議論をするというスタイルで、私としても、色んな新しい見方、考え方が得られて大変参考になりました。第一回目の院内集会の写真が、世界中の新聞の写真に出ています。
Q:行動隊が現場に入って、ちゃんと仕事が出来るようにするに当たって、一番の課題になるものは何だと思われますか?
A:最初呼びかけた時は、正直に言って、具体的な形がどうだと云うことまでに至ってなくて、精神論を述べていたに過ぎない(笑)。だから、最初は冷やかしや、「そんなことを言いやがって!」などの書き込みが一杯あったし、ま、事実そう言われても仕方がない。考え方として、「こういうことだよね!」と言っているに過ぎない。
実際に人が大勢登録して下ださって、具体的に動くというという事を考えたら、これは、なまじな事じゃダメだということが分かってきました。つまり、今の現場で仕事をしている形というのは、東電さんが東芝・日立なりに発注して、それからまた他の色んな会社に発注し、更にその下にまたと云う感じで、それで現場で作業する方が居るという形になっていますが、
今みたいに、こういう立割のミラミッドの形のままで、我々が現場に入れるかといったら、難しいかなぁと…。
全体の遣り方を組み替えないと、現場に入れないんじゃないか、というふうに今考えています。
このところを、どういう風に実現するかとなると、大変なプロジェクトで、国が、或いは国家としてのプロジェクトという風な形を採っていかないと、実現しないかなと思います。このところが一番大きな問題です。
Q:今430人の行動隊ですけれど、どうでしょうか、山田さんご自身としてはまだまだ足りないなと、お考えですか。
A:今現場で働いている方は千人という規模と言われていますし、その方々が(放射能汚染の中で)ズーッと働けるわけがないんで、ローテーションしながらという事を考えると数千人から1万人オーダーが居ないと仕事にならない。
なので(行動隊の)400人とかは、取っ掛かりにしか過ぎない。
Q:女性の方も行動隊のメンバーになっていますが、どれくらい女性の方っていらっしゃるのでしょうか?
A:キチンと数えていないですが、十数人おられるようですね。
Q:(行動隊の条件として、)「現場作業に耐える体力・経験」とあるのですけれど、女性の方はどうなのでしょうか?技術を持っている方も、あまり多くないのでは?
A:先ほども言いましたが、ここでは象徴的言っているのであって、象徴的な意味での60歳以上であり、象徴的な意味での技術技能を持った人ということで、現場の仕事というのは、先程も言ったように様々で、記録や測定、三重ドアの開け閉てなど、力仕事だけではない。
Q:批判として、どういうものがあったのでしょうか?
A:最初の頃は色々ありましたね。
「自衛官に遣らせればいいんで、お前らの仕事じゃねーよ!」とか、冷やかしとしては、「売名行為するんじゃないよ!」そいうのも可成りあります。
「実現性の無いことをするのをよそうよ!」ある意味ではこれは正論で、今でも実現性無いかも知れないということも考えておかなくちゃいけないもんですから…。
Q:カンパとして今600万円…、今ライブを見ている人もカンパして呉れていると思うんですけれど、それでも金額としては全然、全く足りないということ…?
400人の方が福島に行ったって帰って来れないくらいの金額じゃないですか。
A:400人が一遍に動くことは無いでしょうけれど、それにしても実際に活動するとしたら、一千万、二千万の金はあっという間に無くなってしまう。これをカンパだけで実現するというのは無理なことで、これが実際に動くとすると、国が中心になって、資金も国の資金で動く、ということが充分考えられることだと思う。
既に、東電さんが全ての資金を責任持ってやるというのには、もう堪えられなくなって来るんじゃないでしょうか。
Q:牧山さんが興味を持って院内集会をやってくれたということがありますが、これまでの動きの中で、鈍さとか不安はありませんでしたか?
A:ある時は「大変だ!」と思うくらい、例えば(何かがあって)1日に登録が100人とういう時があったり、で、ちょっと静かになると1日5人とかが続いたりと、こういうことだから、今はそれなりの人数が居ますから一喜一憂しませんが、まだ全体でも200、300人の時は、やっぱり一日一日の動きが凄く気になって、このまま潰れちゃうのかなぁって思ったりもした時もあった。
逆にどんどん隊に合流して下さる方が増えて行くに従って、これを本当に物理的にやっていかないとまずいなというか、やっていかないと意味が無いな、というプレッシャーがありました。
Q:先程、名刺交換させて貰ったんですが、一般社団法人がもう出来たんです。凄いです、自由報道協会を立ち上げようと言ってから、まだ一般社団法人に成れていないのに、こっちの方が(福島原発行動隊)後からなのに、もうつくってしまったという。やっぱり人生経験の差なのでしょうか、スピード感が全然違いますね。
A:そういう普通の運動という観点から見たら、今日でまだ丁度三ケ月ですね。三月ケでこれだけの動きになって、それこそ細野大臣が知ってるというのはすごいですね。例えば12日に福島へ行く訳ですが、そのことで昨日の記者会見で細野大臣は、福島原発行動隊に12日に行って貰うことになりました、と喋ったそうですね。
そういうふうな処まで、三ヶ月で進むというのは、やっぱり早い。
東電とか統合本部の会見で、岩上さんなどフリーの記者も、こういう行動隊という存在があるんだけれども、政府としてはそれをどう活用して行くのか、それとも全く無視するのか、というような質問を何度もして下さって、その度に力を借りられることがあればということで、前向きは発言をされていた。
Q:12日に福島へ行かれる5人というは、山田さんと、どういう方達なのでしょうか?
A:私の中学時代からの同級生で、大学まで同級生だった男。彼はX線とか陽電子を使って金属のミクロの性質を調べるということを遣って来た、世界的な研究者です。
一人は東芝のOBで、原子炉の設計やって、福島も何度も入っている技術屋です。
それからもう一人は、千代田加工建設といって、世界の石油化学プラントなど大きなプロジェクトのプロジェクトマネーシャーです。これは、先程ちょっといいました、原発事故の収束という大プロジェクトをどのように上手くマネージするかということについて見てこようという考えです。もう一人は第一種放射線管理の人で、この人は放射線の安全を含めて、汚染されたところでどういう風に仕事出来るかということを見て来たい、という風に考えています。
Q:医療関係という方というのは、メンバーの中には?
A:今回の調査の中には入っていませんが、我々のチームの中では、もう医療チームも発足して、健康管理をどうするかとか、放射能を浴びた後のトレースをどうするかというチームも動き出しています。
今までの国の放射線管理の体制の中には、事故が起こるというのは全く個人に任されていて、何処に誰がどう行っちゃったか分からないということになっています。この体制が無いので、やはり我々としては、どういうことを最低限やる必要があるかということを検討したい。
Q:受け入れる政治側の本気度はどのくらいあるのですか?
A:院内集会にどれくらい代議士の方が顔を出して下さるのかというのは、わたくし前例を知りませんが、この前の第五回時には十人くらいの方が来られました。
Q:話が飛びますが、東京電力の業務はどう改善すべきとお考えですか?
A:これは大変な事です。東京電力だけという事じゃ無くて、日本の大きな企業の仕事の流れというものをチョット意識して考えると、本当の事が出来ないということもあると思います。
Q:実際にホールボディーカウンターで調べていますが、例えば今回もし被曝線量が高くなってしまった場合、次行けなくなるのでは?
A:それは無くはないが、今回そういう所へ行くことは無いと思うし、マスクもちゃんとしますから、内部被曝が問題になるようなことはしないつもりです。
Q:万が一、高濃度被曝してしまって。作業する前の段階で入れなくなっちゃうということもあるのでは?
A:理論的にはあり得るでしょうね。
Q:そういう場合に、それを超えてでも入らなければいけないと山田さんは思っていらっしゃるのですか?
A:一般論としては、それを超えた仕事はしないということを前提として、仕事を決めて行かねばいかんと思っている。それ以上の事をやるのは今の法律の上では許されることではない。
Q:今、行動隊のことを決死隊という呼ばれ方をされますけれど、決死隊と呼ばれ方について山田さんとしてはどのように思ってらっしゃるのでしょうか。
A:決死隊というと、色んなニュアンスが含まれて誤解も受け易い。普通に決死隊というと、まるで死に行くみたいだけれど、決して死に行くのではないということ。
特に神風特攻隊のような成功の見込みのないことはやらないということ、神風との違いは我々は志願者であって、誰かから命令されて、あるいは体制側の圧力でやるのではない。
死ぬことを覚悟してというのは一人一人の中にあるのかもしれないけれど、組織としてそういうことをやるものでは決してない。
決死隊というと、色んな解釈ができるから、今は決死隊という言葉は使わないで欲しいというふうに思います。それくらいの覚悟でやらなければいけないという、覚悟の上での気持ちの持ちようとしては、それに通ずる事はあるかもしれない。
フリーランスQ:現場に入られるとして、本当の情報がどれだけ得られるか、横の連携がどれだけ取れるか?ということの今現在の感触は?
A:情報が取れるかって、どういう意味?
フリーランスQ:いま作業員の方というのは一切タブーなわけですよね。全然取材は出来ないですし、どういう環境でどれだけの作業を、何をしているかとか、世の中に一切出てこないわけですが、山田さんのような知識を持った方が外から入って来るとなった時に、受け入れる側としてはまずいな、と思うんじゃないかと思うのですが。
A;それはさっき言ったように、仕事の体系を全部変えない限り、我々が入ることは考えられないというふうに考えている。今の立割でバラバラになっているところで、作業員のレベルまで情報が来る訳がない。それは無理なんです。だから作業する人全体が一つにならない限り本質的な解決はありません。
現場に作業に入ったところからは、現場にいる間、情報は全くといっていいほどとぎれますね。これは避けられないと私は思います。
フリーランスQ:体制を全く変えることが可能かどうかというは、私はかなり難しいのではないかと思っていて
A:難しいことは、先程から申しあげている通りです。
フリーランスQ:作業されている方というのは、何重にも下請けの下請けの下請けという形で、全く専門知識も、何も持ってないという事ですが、その根本的な処をどうやったら解決できるか、というのを山田さんはどういうふうにお考えでしょうか。
A:東電というのはオペレーションの会社です。例えは定期点検といった場合に実際に作業しているのは全部東電さんじゃないわけで、ましてやこの事態で東電さんがそういう体力を持てる筈がない。
となると、どういう仕事の体系が必要になるかというと、例えば砂漠の中、或いはドバイで石油精製プラントを造るといった時に、作業員から含めて全部外から連れて来なくてはならない。これは全体を一つの仕組みの中に、一つのコントロールの体制の中に組み込んで全体管理している訳です。石油のパイプラインを何千キロに亘って敷くという仕事と同じように、これがプロジェクトマネージメントと言われている世界です。
この管理の形を取り込まない限り、本質的な解決は出来ないだろうと、だから今回このOBを連れて行きます。これがプロジェクトマネージャーです。何千億ものプラントを仕切ってきた、そういうマネージャーに現場を見て貰って、ここでそういう管理体系を移植するというか、実践するためにはどんなことが必要かという事を見て、移行する過程でどんなことが実現可能かとうことも次にもう一つあります。
フリーランスQ:こと日本の原発となると、全くメソッドが通用しないといいますか、矢張りタブーになっていて、そこは触れてはいけないところというか…(だから触れようとしているんです。)で、私達としては、そこを突破しないと始まらないと思っているんですけど、何か出来ないかな…と思うのですけれど、そこのところは何か…、例えば私達がどういうふうな発信をしていったらいいかとか、何か行動出来ることはないでしょうか。
A:正直、私がやれることは一所懸命やりますが、それを周りの人がどういうふうに、あるいはチョット距離のある所でどんなことをしたら役に立つだろうというのは、其々の場所におられる方に考えて頂かないと…
フリーランスQ:どういう後押しがあるといいな、とお思いですか。
A:正直いって分かんない。あの、分かんないというのは、それこそ官僚が動かないとダメですね。経済界も政治もそうですね。で、それだけのこと全部…、私すみません知らないんですよね。だから、どうしたらそれを突破できるのかと言われても、残念乍ら今の私には答えられない。
Q:行動隊として何をしようとしているのか、具体的なプランとか…。
A:お前の本心は何ぞや!
Q:壮大なことだと思うんですよね。本当に仕組みから変えないと、絶対出来ないじゃないですか。あまりにも大きなことだから、どこから手を付けていいだろうと、私なんかは思うのですけれど、まず何処から何をしようとしてらっしゃるのか…?
A:あんまり先のことまで考えると、てんで手も足も出ないということで…。
あのー最初に、「実現性の無いことは止めておけよ」といったことを、お話ししましたよね。あの時点で4月の初めの時点で、我々がこんな声をあげて、原発の現場に入ることがあり得ると考えた人が居るかといえば、居ないんじゃないでしょうか。
だから、「実現性のあること」ばかりやっていたら、多分何もしないのが一番正しいとしか言えない。だから本当に、本心は?と言われたら、さっき答えたように、全部の仕事のやり方を変えて、それで、そのことが日本の、ある意味、経済界或いは産業の構造まで影響するようなことになってしまうプロジェクトなんだと思うんですね。
そんな事、実現性無いに決まってるじゃ無いですか、普通の目でみたら。だけど、若しかしたら、その取っ掛かりを作れるかも知れないという…。
それから、若し実現しなかったとしても、その議論をキチッと日本の大勢の方がする機会になったということだって価値かも知れないしっていう、それぐらいのことを思ってないとバカバカしくてやってられないということしか、ないんじゃなのか…。
あの、今だからこそ、こうして議論に乗って下さいますけど、本当に4月の始まりの時点で、ほとんどの人が「バカな事はやめておけよ!」と思ったことが、普通なのではないか。例えば、幾つかの新聞のデスクに私も声を掛けましたけれど、やっぱり「世の中の読者の批判が怖いから」と、具体的に言葉にあったくらいのことですから。
自由報道:新聞なんかの報道を見ますと、まず最初に福島原発で行動隊の方々がやることは、冷却装置の取り付けのお手伝いではないかという感じの報道がされていたので…。
A:この呼びかけの中に書いてますけれども、事故収束のプロジェクトとして必要なことは、安定した冷却装置を造るということを…。
自由報道:「暴発を防ぐためにはホースによる散水の一時的な処置で無く、10年単位の安定して作動する冷却設備を設置して、これを故障すること無く保守・運転し続けなければならない。」とあります。原子力を冷温停止に持っていくという、冷温停止といっても冷やし続けなければダメなんで、全く仰る通り…。
A:これともう一つ抜けているのは、あのプールの事もありますけれど…???
今日ここで披露している事というのは、これまでに書いていないことの背景にある、或いは動き出して来て見えてきたことだと思います。
Q:ま、それには兎に角入ってみなければ分からないということ…、現場がどうなっているか、それからどんな課題があるかということも、実際に入ってみることで分かることも出てくる…。
A:実際行かなくても分かっていること、とも言えるんだけれども、実施にどういうふうに実現する道筋があり得るかとが、現地に行って現地で仕事しておられる方々のお考えも聴いて見ないと…。
Q:ただ現場に行って、最前線に立って作業すると云うことではなくて、全体的にこれを収束させるためにはどういう風に、ま、先程から山田さんが仰っているように、マネージメントの部分ですよね。そこを根本的に変えないと、今東電さんがやっているような事だけではダメだと…。
A:あの、これだけでどういう風にダメになるかというと、作業者の被曝管理がキチット出来ないですよね、全体纏めて、で、そうするとですね、今250mSvというのを福島原発については上限にしている。ところが全国は100mSvにしている。これをバラバラにやっていると、福島でバンバン人替えて、取っ替え引っ替えやって、250mSv全部やっちゃうと、他の原発のメンテナンス出来なくなっちゃう。もう片っ端から作業する人が250mSv浴びちゃったら、もう居なくなっちゃうでしょ。
だから、それこそ原発に絡んだ作業者を全部纏めて管理して、どの人がどれだけの被曝をしていて、どれだけの人がこっちで働けるのかとうことまで、全国的に見ていかないと…、メンテナンスできなくなっちゃう。
Q:まーあのー、例えば1986年のチェルノブイリの原発事故の時にはですね、清掃人とか作業する人というは80万人もの人が携わって石棺作業をしてるんですけれども、今、東電の現場で働いている人は1000人位で、それを考えると、とてもではないけれども、そんな簡単にできることでは無いですよね、あのー、行動隊の皆さんが入って、そこで何も変わらなかったら、もう…、全然手も足も出ないくらいの事なんですけれど、そこのところ皆さん分かってないというか、話題にしたがってないですね。
A:あの時は、チェルノブイリはソ連でしたねまだ、社会主義国ソ連ですから独裁の下で、軍隊として何十万人というのは、国の力で強制的にやったから出来たけれども、日本ではそれは絶対に出来ないですから、その上に末端の所で管理されていない作業員の状態で…、そんなことでは収束出来なくなっちゃう。
Q:今実際東電の作業された方の追跡調査も、全員できているでは全くないですから、それを考えると本当に根本的にやり方を変えて行かないと、収束させるのはかなり難しいと。
A:そういう意味で、私はJビレッチも見てくる積もりですけれど、Jビレッヂは、あそこは下請け孫請けの方達が寝泊まりしていると聞いているんですけど、そこにどの程度の設備等があるのか、じゃーそこをキチットやろうとしたら何が必要なのだろうかと、東電さんにそれをやれということは、妥当なんだろうかと疑問を持ったりしている。
Q:最初この行動隊の事を聞いた時に、「現場に行って作業する人達が大切だ」というふうに思ってたんですけど、今日山田さんのお話を聴いていて、マネージメントも問題なんだということを聞いたら、60歳以上と区切ることはなくて、例えば東京に居て、山田さんとか現地に行かれた人達から問題点を出してもらって、それを上手く機能させるためには、「こうやるんだ」という意味で、60歳以下の方でも協力できることというのはもっと沢山あるという風に…
A:私は今申しあげたことは、実は今の段階ではまだ夢物語ですし、で、もしそれが実現するとしたら、これは本当に何万人の大プロジェクトで、年齢も上から下まで全部カバーするということでなければ実現しないですね。だから60歳以上というのは、最初の火付けが、そういうことだったという事に過ぎない。
Q:行動隊がなければ、今までそういう発想が無かったということですか、日本には。
A:ツイッターで誰かが「高度に洗練された戦略で」って書いてありましたが、そんなこと思ったことはないですけれど、結果的に言えば、例えば、いまの様な体制ではダメだという話は随分大勢の方がしていらっしゃいますねー。
それから,水の配管はこうでなくてはダメだとか、色んな提案をする人は一杯居ますが、外からの提案だけをしていても一切、全体の動きには関係ない(受け入れて貰えない)。だけど、そこに何らかの形で同じテーブルに座ることが出来かかっているというところは、ある意味で高度に戦略された戦略ですね(笑)。
Q:今回の視察に当たって同行される方は、こちらは5人ということですけど、東電の側から何人とか?
A:東電からは、原子力設備管理部長、福島原発所長の上司に当たる方で、連日連夜現地へ行っておられます。その方と、その部下のマネジャーに相当する方が同行してくれます。さらに現場の作業長の方が道案内してくれるということで、5人に対して3人付いてくれる。
Q:政府の方からは?
A:政府からは出ません。
Q:マスコミは?
A:取材とかは全部NGですし、我々も写真を撮ることは禁止されています。
Q:今回のことはインターネットの世界でも広がって、色んな人が見ていて、色んなアイデアが寄せられている。例えば、原発事故が起きた時もコンクリートポンプ車で冷やせば良いじゃないかとか、Twitterとかでは色んな意見が出ていて、導入されるのはもう少し後ですけれど、そういう形で其々の専門家が行動隊に入っていなくても、色々な意見を出せる場、みんなにも見える場を作ってはどうでしょうか。そういう処に色んな知恵が集まってきて、実際に現場に入られる方だけでなく、入らないけれども何か役に立てるんじゃないかと思っている方が共有できるような情報というのを是非皆さんに提供して頂きたいなと思います。
A:どういう風にどの程度の情報を掴んでこれるか分からないが、出来るだけ努力はしましょう。色んな方が色んなご意見を出して頂くのは有り難いのですが、これの交通整理が大変で、手に負えなくなって来たので、10人程の技術チームを近々発足します。そろそろ、正直いってボランティアだけでは、お金を払って仕事をして貰わないとやっていけないところも出てきます。
南相馬のWeb新聞の方Q:行って作業するが目的ではなくて、作業をクリアすることが目的なはずですね。たとえ高齢者だから、ボランティアだからであっても、ミスによる事故があった時の責任の所在は明確にすべきと思うのですが、行動に対する結果のところの責任の取り方をどうお考えなのでしょうか。
A:我々が仕事をしてきたやり方の中で、ミスをしたからしょうがないやというような感じで応募して呉れているような人は殆ど居ないですね。
ただ、もしミスが生じた時に、それをどうクリアするかということについて、言い訳するような人は今のところは居ないんじゃないかなと思う。
Q:今原発で作業されている方達がいて、それを見守る国民が居るということで、見守っている国民は、皆さんから誰一人犠牲者を出したくないという気持ちでいるのが前提だとおもうんですね。先程お話しして頂いた中で、決死隊ではないんだということで安心したんですよね。私達が犠牲者になりますという話ではないと。
国民のみんなが、誰一人犠牲者を出したくないという前提の中で、いまあらゆる行動を採られているので、老人だから被曝量がチョット多くなっても良いという発想は…、もうすこしシビアにして頂きたいなと思うんですが。
見守る国民側が、その曖昧な倫理という部分で見るということは、そこで賛否両論出ても…、国民の側が辛いと思うんですね。
A:今の法律では年齢によって被曝限度を変えるということは全くしてませんね。理屈では変えてもいいんじゃないかという話はなくはないけど、これが法律として実現することは非常にむつかしい。国際機関が何らかの形でお墨付きでもしない限りダメだと思うんです。そういう意味で、全体としての管理は法律に従ってやっといくということが、法治国家の中では当然のこととかんがえています。
ただ、戦争の時にね、もし命を懸けなければ仕事が(ある戦いが)出来ないとしたら、命を懸ける局面で司令官はどうするか、そこに居合わせた兵士はどうするかということは、戦争の場合必ず問題になりますね。
今度の場合に、そういう可能性が無いとはいえない。
つまり汚染が非常に激しいところで、何らかの仕事をしなければ事態が解決しないと、これは簡単にやってはいけないですよー、他の手を全部探しても、どーしてもこれ以外に手は無いという事態になったときに、どうするんだって、そこのところをクリアしなければ安定的な設備が出来ないといったときに、どうするか、やめるのかと…
Q:東電のロードマップについての意見はありますか、また国際的な部隊を作る考えはありますか?
A:現状認識については、余りにも情報が少ないですから、しかもこういう事態で、簡単にこれはこうなっている筈だということを言っても始まらない…、ま、色んな人の色んな知恵を借りてやることが大事だということくらいで。
それから国際的な、という話は、仰るように、先程ちょっと申しあげたプロジェクトマネージメントの世界でいうと、なんといってもアメリカ人がトップです。だから日本のプロジェクトマネーシャーはアメリカにはとっても適わないということはあるし、本当は国際的なプロジェクトチームが出来た方が望ましいとは思うが、ただ、実現するのは大変ですね、色んな意味で。
国際的なプロジェクトにすると、行動部隊が大変な事になるのでは無いかな…、
Q:国際的な、というところで見ると、ホームページが色んな言語に翻訳されていて、色んな国のメディアに取り上げられて、アメリカの新聞にも取り上げられているということですけれども、一応窓口としては海外からの協力も受け入れられるようなベースは作っておられるということ…、高度な戦略で…(笑)
A:とんでもございません!
あの、これは13カ国語ぐらいになると思いますが、私が顔を見ているのは2人ぐらいであとは全然知らない人が勝手にツイトーを使って、届けてくれたことばっかりで…。
とてもじゃないが外国語で、あるいは英語でプロジェクトを回していくという能力は到底持てませんね。
Q:ただ海外からの協力の申し出は?
A:あります。残念ながらチョット待って下さいといっています。
Q:翻訳できる方も必要ですね。
A:ただ翻訳できるだけじゃ無くて、プロジェクトの中枢にいる人間が全部英語で仕事しなくちゃならないですね。それだけの能力が持てるのかといったら、ちょっと自身が無いですね。
Q:震災以来、妻と子供を大阪に避難させているんですけど、ニュースを見て、グリンピースのデモに行ったり、色々ネットで調べたりして、小学校に給食大丈夫かと問い合わせたり、教育委員会の方にもプールの横側測ってくれと言いに行ったり、色々やっているんですけど、心配でしょうがないんです。子供は今小学校の2年生と幼稚園の、来年小学校一年生なんですけど…。
できたら今60歳で募集しているのを、年齢制限を下げてもらって僕らでも行けるようにして貰いたい。現場に行ってお手伝いできたらそれが一番効果的なんじゃないかなーっと…、早く出撃したい!(笑)
A:先程申しあげたように全体が出来てきた時に議論はしたいと思っています。
自由報道:ただ現場に入ることも大事なことなんでしょうけど、先程もあったように寄付とかもそうですけど、西新橋に事務所を構えてらっしゃるので、たとえばそちらで事務のお手伝いをするとか、名簿を作ったりと、事務の仕事もすごく大変なんですよ。人が増えれば増える程大変になるから、若い人にはそっちやって、パソコン作業とかデータ整理とか(僕はそういうのは、向いてないんで(爆笑))
大学生Q:ニュースや報道を見ていると今後原発の収束に対して人数が足りないと言われているんですけど、東電はそういう情報を出していないじゃないですか。山田さんが東電の方と会われた時に東電の職員の方は山団の部隊の方を歓迎していたんでしょうか、或いはどういった反応だったのでしょうか。
A:明らかに人が足りなくなったですね。だから、足りなくなっているから、我々の呼びかけに応じた、だと思います。
大学生Q:歓迎したと?
A:歓迎じゃなくて、
自由報道Q:しぶしぶという感じですか?
A:しぶしぶ(笑)
自由報道:他人は入れたくないみたいな?
A:報道も入れていない訳だし、我々はチョット見る目持っていて、他人が入るというのは決して嬉しくない…でしょ。
だ学生Q:因みに細野大臣たちはどういった反応なのでしょう?
A:細野さんは、宜しくお願いしますと仰ってくれた。記者会見で言っているのと殆ど同じだと、私は認識しています。
自由報道Q:よく東電は入れましたよね。
4月の段階で、清水社長が記者会見した時に聞いたんですが、チェルノブイリでは80万人だったけど、今回はどれくらい見込まれるんですかと。何十人なのか何百人なのか何千人なのか何万人なのか何十万人なのかっていったらですね、答えてくれなかった。じゃ単位だけでも教えてくれと言っても、それも教えてくれなかった。で、最も楽観的なシナリオで最低何人なのかって聞いても、「えー、言及は控えさせて頂きたい」と。知っているのか知らないのか、それすらも分からないような…(質問の意味が分かんなかった(爆笑))
A:あのー、その点についてはですね、もうちょっと本質的なところで…。
私が例としえ挙げていることで言うと、「自分の子供の治療できる医者は居ない」とよく言うでしょ。東電さんにとって、福島原発は自分の子供なんですね。だから、事故が起こって、医者が自分の子供の治療が出来ないという意味では、最悪のシナリオで治療することが出来なくて、何時でももっと軽いんじゃないか、軽いんじゃないかとうい目で見てしまうと、だから治療が出来ない、或いは手術が出来ないというはそういうことですね。
で、東電さんにとってはこの事故は軽いと思いたい、というのは当たり前なんですね。それは自分でプラント作ってやっている人なら分かるけど、事故があったときに抜本的な対策を打とうとする前に、小手先の手を打っていって、それで始末が付いたら良かったと。やはり、実はそれだから事態が悪くなるというのが今回の事。
やはり東電が悪いんじゃなくて、東電さんがやったら、それしか出来ないんですよ。だから清水社長に聞いて、何人かと言われても。本当は10万人かも知れないけれど、そうは思いたくないから…っていうのが。
そんな質問をするのは残酷で、無茶です。こういう体制を作ったことが悪い、事故に対して…、という風に言わないと、東電が悪いという事は簡単だけど、そうじゃないと僕は思う。
自由報道:だからね、その辺の、今の答え一つにしても、山田さんの動きって非常にロジカルなんですよ。全部が、感情的な部分・ヒロイズムというのを排して非常に論理的に考えられた結果、我々60歳以上の方が行かねばならないとか、そのところが今回のトークショーの企画の本当の意図で、山田さんの行動というものを、ある意味で「決死隊」と言ってしまっている呼び名自体が、ある意味、凄い情緒的な受け取り方だと思うんですけれど、今回の件に関しては非常にロジカルに関わっているということが明確になったと思います
Q:(自己免疫幹細胞輸血についての質問)作業員の健康管理についてのことをとても気にしておりまして、虎ノ門の血液内科の先生が骨髄何とかをの…プロジェクトチームを作ってらっしゃるとか…
A:谷口先生ですね!コンタクトしてます。谷口先生から一人10万円で採取してくれるということでお約束頂いております。
全体的に30万くらい掛かるんで、みんなで色々な財源で15万円にして、それを更に10万円にして貰って…、そういうことで我々の方にも医者が居まして、その方が谷口先生とコンタクトしてくれています。
Q:実際には、全てこれから…。
A:最初の呼びかけは、いうなら精神論でしかなかったけれど、議論を呼び起こしただけでも意味があったのかなと思っていたのですが、いよいよ具体的になる可能性のところまでたどり着いた。決してこれで何とかなるとは、まだ思っていません。どこまで実現するか、或いは実現したら大変な事になるということも含めて、皆さんのお知恵、お力を拝借しないとダメだと思いますし、或いは国も産業界も全ての力をあわせて行かないと本当の解決は出来ないだろうというように思っています。
どうか宜しく応援して下さい。(拍手!)