種田江乗/行動隊に参加した理由

Ⅰ、略歴
 1、生年月日 1941年4月3日 (現在70歳)
 2、出身 福岡県
 3、学歴 1965年大学卒業(事務系)
 4、職歴 1965年―2001年 製造会社勤務
      国内外工場 総務・労務系 (転勤16回・単身赴任17年)
      海外通算勤務歴・15年 (中南米、東南アジア、中国)
 5、その他 2001年-2007年 引き続き再雇用(嘱託)
       2008年-2010年 JICA(国際協力機構)
シニア―ボランテイア (中南米)
 6、原発との係わり
   原発ではないが、義理の叔母が広島原爆被爆者
   被曝者として叔母自身が背負い込んだ苦悩、癌などの発病への恐怖心と叔父の気遣い、
子供(従兄弟)への遺伝などについての心配など親族内の長い間の懸念事項であった。

Ⅱ、福島原発の事故について
  1、原発事故は人災、(危険予知不足、ならびに防災対策不足)、事故発生後初動ミス
    事故処理体制不備・機能不全、情報開示不足、責任所在不明
  2、福島原発の安全停機・廃棄と、周辺環境除染・復旧・復興には数十年はかかると
見込まれ、その作業に要する多大な費用と被曝リスクの伴う作業を担当する要員の
確保は国が取り組むべき喫緊課題

Ⅲ、行動隊への参加動機
1、個人としては反原発でも親原発でもない。
純粋と言うより、むしろ単純にこの悲惨な現実に直面する不幸な人々を支援したい。
70歳過ぎた現在、仕事からは解放され、基本的にはフリー、閑。年金生活で細々と
このまま後5-10年、無為のうちに老いさらばえて死を迎えるよりは心身ともにまだ
元気な今の間に少しでも世の中のお役に立てることがあればと応募した次第。
とは言うものの死に急いでいるわけでも自殺志願者でもない。志は死を賭するほどに
覚悟は出来ているが、気合いだけで片付くような問題ではない。
さりとて若者の雇用を奪う気などさらになく、6分の侠気、4分の情熱を持つ老人でも
お役に立てるところと機会があれば使って欲しいという素直な気持ちが根底にある。
  被災により故郷を離れて生活を強いられている人々が、一刻も早い原発の収束と環境復元
により帰郷がかない、被災前の生活を取り戻せることにつながるお手伝いをしたい。

2、選挙は行くが政治は好きではない。特に政治的色合いの濃い運動は個人的には嫌い。
政治の力は認めるが、それに携わる一部の胡散臭い政治家及びそれに纏わる利権に
群がる人々は特に嫌い。(行動隊活動及び後援者の牧山議員がそうでないことを祈る)
 3、若い現役諸君の休日利用や3―4日/1回の短期のボランテイア―活動を高く評価する。
一方行動隊は隊員が自由度の高い時間を活用して、半年、1年と長期にわたり、気力、
体力の続く限り、又被曝許容値限界に到達するまで長期滞在の支援活動が出来ると思う。
ただし、ボランテイアベースの手弁当でこの長期滞在型支援に参加するには年金生活者
には経済的な困難が伴う面もある。持ち出しにならない程度の範囲で支援活動に参加
   できる仕組み、機構はないかと探していて『若者の被曝を肩代わりする』行動隊に遭遇し
目的に賛同して参加した
 4、自分は原発に関する技術、技能の持ち合わせはないが会社生活の80%を工場スタッフ
部門で過ごして、安全、5S、小集団活動などの推進、リーダー教育などの経験はある。
規律、機密保持など工場に大事な管理の要諦も心得ている。行動隊の現地活動の
後方支援は出来ると思う。勿論計器測定などの特別な技術、技能を要しない作業は
担当できる。
                                      以上